キリスト教徒が書いた最古のパピルス公表?!

 2019/7/11にアップされた情報です。スイスのバーゼル大学が所蔵していたパピルスの手紙( P.Bas. 2.43)は、実は大学に1900年以来100年以上所蔵されていたもので、このたびその大学所属のSabine R.Huebner教授の著書 Papyri and the Social World of the New Testament, Cambridge UP, 2019/8出版予定、 で紹介されてるらしい。

 速報によると、このパピルスは230年代に日付可能で、それによって少なくとも従来知られていたキリスト教徒が書いた書簡よりも40、50年古く、最古のものと認定された(もちろん、聖書を除いての話だが)。出土地は中央エジプトのFaiyum地方のTheadelphia(現Kasr El Harit)村で、ローマ時代からの最大のパピルス類一件文書として著名なHeroninos文書に属しているとのこと(cf., Wikipedia, Heroninos Archive)。バーゼルのコレクションは65文書あるが、これまでほとんど非公表で調査もされていなかったらしい。現在、Huebner教授のもとで編集プロジェクトが進行している由。

 問題のパピルスは、Arrianosなる人物からその兄弟Paulos宛に書かれたもので、文面内容は取り立てて注目すべきものではないが、文面の最後に「’主において’お元気で」を意味する短縮語を使用していることで、これをもってHuebner教授はこの書簡の書き手が、nomen sacrumと言われるキリスト教独特の略語を使用しているので、キリスト教徒であると断定する根拠としている。女史はまた、当時Paulosという名はエジプトでは珍しかったので、彼の両親はキリスト教徒だったのだろうと推定している。しかも、この兄弟は教育も受けていて、おそらく地主階級ないし公的役人の息子たちだったのだろうとも。

くだんのパピルスのrecto(表側)全体写真
問題の文末:最後の21行目「 -[ρω]ς ἐν κ(υρί)ῳ 」と読むらしい(以上、https://archaeologynewsnetwork.blogspot.com/2019/07/the-worlds-oldest-autograph-by.html#ih4iZ3iJvw417UuF.97

 素人ながら、私見ではパピルス文書の表側のように見える(recto:パピルス紙は薄片を縦と横にならべて接着し、繊維が横になっているほうが書きやすいので表側となる)。Heroninos文書が書かれたのは249〜268年で、しかし通例反古パピルスを活用して裏側(verso)を使っている由なので、表側が230年代というのも頷ける。しかし、Huebner女史はウェブでは英訳のみ提示し、ギリシア語文面の解読はおろか、肝腎の「主において“in the Lord”」のnomen sacrum部分を表示していないので(パピルス見ても、残念ながら私には解読不能でして (^^ゞ)、本の出版を待つしかないのが歯がゆい。

【追伸】ということで、手っ取り早く、パピルスやっている高橋亮介氏にメールで問い聞きしました。最後の行は「 -[ρω]ς ἐν κ(υρί)ῳ 」で、「 κῳ 」の上には短縮語を示す横棒「 ‾」が上に書かれているとのこと。いわれてみると、ちょっと後にずれてますがみえました。なお、ご教示いただいたデータベースに写真も読みもありました。ただ、この書簡は「P.Bas.16」として1917年にErnst Rabelによってすでに表裏とも解読されていて、最初の読みは以下(http://papyri.info/ddbdp/p.bas;;16)。2019年の女史の読みは以下(https://www.trismegistos.org/text/30799)。これみると女史のは、1917年と1968年のMario Nardiniの読みを踏襲していて、ただP.Bas.16の番号をP.Bas. 2.43に付け替えているだけのことのようで、だったら新発見ではないことになる(色々細かい問題はありますが、ここでは触れません)。としたら、なんかちょとおかしいよね。こうなると速報に値せず、むしろ「遅報」のほうがふさわしい。新刊書の宣伝にまんまと乗せられた感じです。とまれ、情報には感謝。

 なお、膨大なパピルスのデータベースとしては、以下もある(http://digitalpapyrology.blogspot.com/)。くだんのHeroninos Archiveはいまだ半分くらいしか公表されていないらしい。私のようなつまみ食いでなく、こういう研究に若手がじっくり腰を据えて、果敢に挑戦してほしいものだ。研究の目鼻がつくのに5年、独自の見解出せるのに10年はかかるかな。それではもたないというのであれば、手っ取り早く業績稼ぐ工夫がいる。私は手元に以下の文獻持ってるけど、これなんかで目星つけるといいかも。Ed.by Roger S.Bagnall, The Oxford Handbook of Papyrology, Oxford UP, 2009.

 ところであとから気付いたのだが、このHeroninos Archive、以前「遅報9」で紹介したパピルスも同じ発見者たち(Bernard GrenfellとArthur Hunt)でした。私もだんだん興味が高まって、年甲斐もなく手をつけたくなりますが、実は今から40年も前に大迫害関係でちょっと調べていたパピルスがありまして、当時は予備知識もなく放り投げておりました。気が向いたらまた紹介するでしょう。とまれ、庶民の時間・空間の再構成にパピルスはいい素材だと思います。

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