このところちょっと学会発表とかで立て込んでいて、万事他が疎かになってましたので、落ちはあるでしょうが、まとめて掲載します。
1)10/7:トルコの旧ニカイア(現イズニック)のネクロポリスから後2世紀の石棺2つの中からミイラ化した骸骨発見。ここからはこれまで計6つの石棺が発見されていた。
実は今回発見されたものは両方ともエロスが描かれていて、その1つは以前盗掘を受けていたらしい(2008年に遡るペットボトルのキャップが見つかっている由)。そちらからは女性と男性の骨格が発掘され、未盗掘の方は一人の女性が見つかった。
2019年発見のものからは「アスティリスが母ニグレニアと自分のために造った」とギリシア語で碑文があり、内部には2人の女性の骸骨が入っていた。床には後4-5世紀頃のモザイクが張られていたので教会だったことが判明。
ということで世紀は前後するが、異教とキリスト教が同所から出土したわけである。
https://archaeologynewsnetwork.blogspot.com/2021/10/two-roman-era-sarcophagi-found.html
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2)10/15 アウグストゥスからコンスタンティヌス11世までのローマ皇帝は175人の男性だった(自力で統治しなかった皇帝は除く)。それを、研究者は地震などの現象での80/20ルールに生存率が従っていると結論付けた。
帝国西部の69名中自然死した者は24.8%、残りは戦死・宮廷陰謀死だった。175名全員だと非自然死は30%。
また、皇帝死亡の時間分析から、即位時が高いこと、その後、在位期間が13年になるまでは低下するが、その時点で急激に上昇し、その後再びリスクは低下する。
13年目の危機の原因はまだ答えがでていないが、こういった統計分析が歴史研究の重要な補完となりえることは確かであろう、と記事は結んでいる。
https://archaeologynewsnetwork.blogspot.com/2021/10/only-one-in-four-western-roman-emperors.html
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3)10/17:エルコラーノから新たな骨格が出土。40-45歳の男性遺体が火山岩の中から発見された。その回りからは組織や金属の痕跡も見つかっているので、今回発見された人物のバッグ、仕事道具、あるいは武器や硬貨などではないかと想定されている。
ヘルクラネウムは町としてポンペイよりは裕福だったが、ポンペイの場合熱せられたパーミスpumiceという小さな軽石が降り注いだのと異なり、ウェスウィウス火山からまず500度の火砕流で襲われ、その後溶岩泥流で密閉されたので、発掘は一種の硬く締まった溶岩を掘削しなければならず、一層困難である。ただその代償として、2階建てはそのまま出てくるし、木製部分は木炭化して出土してくれるわけである(ポンペイの場合、上階部分は軽石の重みで崩壊し、木製は完全に蒸し焼き状になって空洞化してしまう)。
https://archaeologynewsnetwork.blogspot.com/2021/10/new-skeleton-find-could-reveal-more.html
2021/12/2により詳しい紹介が、頭部まで露わになって、そばから出てきた袋の中身までも、ちょっと残酷な写真ともどもなされた。少しづつ慎重に発掘が進んでいるのだろう。http://www.thehistoryblog.com/archives/date/2021/12
以下はその頭部付近の写真:
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4)以前、ローマ時代の儀式で使用されたと思しき戦車がこれまでにない保存状態で出土したCivita Giulianaのヴィッラから(2021/2/28報告)、今度は奴隷が居住したと思しき納屋が発見された。
これまで奴隷の居住区については仮説以上のものは発見されていなかったが(彼らの作業空間で寝泊まりしていたか、家内奴隷の場合は、仕えるご主人様の寝室の床に寝ていたのが普通とされてきた)、今般の発掘で大人用の木製ベッド2つと子供用のそれが1つ、そのほか日常品も出てきたので、その部屋は奴隷一家(法的建て前では、基本奴隷は結婚はおろか家庭を営めないことになっているが、この場合は実際よくあった繁殖事例ととるべきか、ベッド2つが夫婦の男女の存在を示しているわけではないと考えるべきでしょうね)の居住家屋と発掘者は考えているようだ。私は力点を置き換えて納屋に奴隷たちが住んでいた、とまあ微妙な違いに過ぎないが、そう考えているが、家内奴隷の常態解明に大いに役立つ出土には違いない。
https://archaeologynewsnetwork.blogspot.com/2021/11/slave-room-discovered-at-civita.html
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5)東京を留守にしている間にイギリスから展示会のカタログが送られて来ていた。現在ローマのカピトリーニ博物館で展示中のトルロニア博物館所蔵品である(2020/10/14-2022/1/9)。Ed. by Salvatore Settis & Carlo Gasparri, The Torlonia Marbles:Collecting Masterpieces, Electa, 2020. もちろんイタリア語版もあるし、短縮版もある。
この博物館は逸品を所蔵しているが現在非公開で、その中に私的に見逃しがたい1864年ポルトゥス出土の港湾風景のレリーフがあって、もちろん公開中に見ることできそうもないわけだが、その一葉ほしさに発注した。もちろん郵送料込みでいい値段だったが、生涯ない、もとえ、しょうがない。予想通りとはいえ、pp.175-178に解説と見開きでの写真が一葉載っているだけだったが。画像そのものはググればいくらでも手に入る。以下のごとし。このレリーフには港湾関係以外にも、なぜか4頭の象が曳く戦車も登場するかと思えば、唐突に邪視も登場する。ちなみに中央上部の灯台の炎や、左の大型船の帆の裏側の人物とかで明白なように、もともと色彩も施されていた。あれやこれや図像の詳細な謎解きは優に卒論に値すると思うのだが、誰かやらんかい。
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