古代ローマの未解決遺物:spintriae【閲覧注意(^_^;】

 「spintria」とは、辞書的にはこの言葉は「男色」とか「男娼」といったきわものめいた名称だが、英訳では「セックス・トークン」。この貨幣型をしたトークン、実は私もおそらく模造品ながら(新品同様の輝きだったので)ebayでの出物をみつけ、教材としてチェコから6枚ほど入手している。価格は購入時で¥5620。

 上掲のように、20ミリから23ミリのやや小型の貨幣状の裏表に数字とセックス体位の図像が打刻されているのが通例である(なぜかほとんどが男女ペア:これを根拠にローマ世界ではギリシアと異なり同性愛は実際には低調だったという研究者もいるようで、私などすぐさま納得されそうになる)。数字と図像がどれでも共通していないので、相関関係はない。数字はI からXVIまで確認されている(ごく少数ではあるがそれ以上もある)。また図像には以下のような男根とか動物同士の獣姦を描いたものもあるらしい。材質は通常真鍮か青銅製。

 解説によると、発行年代はティベリウス帝代(治世は後14-37年)の22-37年と、ごく限られていたと言われている(もちろん、別説あって、70-75年発行や75-90年発行もあったとする者もいる)。

 最大の謎は、なんのために制作されたのか、それがよく分かっていない。

数字が体位による値段であるという説もあるが、数字が同じでも図像が違っていたりするので、却下(ただし、当時の娼婦の相場は2-10/20アスらしかったので、 一応XVIまでの数字なのはリーゾナブルであるが)。

 旅人や兵士が言葉の通じない異境の地で買春する場合に、なにかの符丁として使ったというのも、そういう界隈では当然ラテン語であれば娼婦も学習するのは、戦後日本で確認済みであるはずだ。まあゲルマン人や東方諸民族の雑多な補助軍兵士であればそうはいかないかもしれないが。いずれにせよ現金使用が避けられる事情が説明されないと納得できないわけであるが。

 また一説には類例として、こういうのは近代でも、アメリカの辺境、ボーア戦争時代の南アフリカ、世紀末のマンハッタンの例でたくさんあった由で、1919年、Upton Sinclairは、売春宿の利用者が前金で出納係に支払い、いわゆる「ブラス・チェックbrass check」を受け取り、その後に風俗嬢のサービスと交換できるトークンを受け取るシステムについて、若い頃に学んだと述べている、らしい。

ともかく しかし考古学的に出土してはいるが(とはいえ、浴場からで、肝心の売春宿から出ていないという事実もあるらしい)、文献学的には正確に触れられることがないことも解せないわけだ。確かにスエトニウス「ティベリウス伝」43にはその単語が出てくるが、これは3人一組の性技を示したものだし(これがspintriaのそもそもの原意である:なのに、男子の同性愛と示していた語がなぜ男女の営みに転嫁してしまったのか、私は疑問視せざるをえない)、同じく「ティベリウス伝」58の文言は、前後の文脈からして現在のトークンと関連付けるのは、無理筋といわざるをえない:ティベリウスが厳格な法規実施を命じたので、「あげくに、アウグストゥスの像の前で奴隷を殴っても,着物を着替えても,アウグストゥス像を刻印した貨幣や指輪を公衆便所や淫売屋へ持ちこんでも、・・・このようなことまで死刑の対象となったのである」。著作年代がドミティアヌス期のマルティアリス『エピグランマタ』8.78.9のほうはもっと信頼できない。

 実際のコインにはごく一部とはいえローマ皇帝の図像が打刻されているので、買春といった特殊な商取引でのその使用を避けるためだった、という説もあるが(例証として挙げられるのは、Dion Cassios,78.16.5;これはカラカッラ時代のことになる)、当時買春は決して卑下すべき職業ではなかったので、ちょっと納得しがたいものがある。

 ただ私的には、現金を持たせることを避けるために、何らかの報酬対価としてのセックス券だったとするなら、奴隷用だったというのなら納得できようが、その場合こんな込み入った貨幣状のものを与えるとも思えないわけで。むしろ図像に目を奪われるのではなく、まったく別の視点、ゲームで使用されていたのでは、という考えも当然あるし、ちょっと前にアップしたポンペイの郊外浴場脱衣所での脱衣箱の数字とその奧の体位図との関連で、脱衣籠の預かり証だったという説まである。

 いずれにしても、私としてはこれくらいにしておく。心ある人が以下の最新刊を読破して納得いく結論なり仮説を提示してくれることを期待したい。Webからただで降ろせるのだし。Filippo Pietro Alessandro Cislaghi, Lasciva Numismata :Le tessere erotiche romane, Anno Accademico 2019/2020.

 これを書いた直ぐ後に、以下を知った。色々新知見を手際よくまとめて提示しているので全文差し替えしたいところだが、私に手直しする余裕が残されているだろうか–ないような気がする。

 Franco Guillermo Mazzanti, Alla scoperta di storia e segreti di una serie di intriganti oggetti para numismatici, le spintriae della prima età imperiale con scene erotiche:2022/2/2(https://www.cronacanumismatica.com/cli-speciali-di-cn-spintriae-le-tessere-erotiche-dellantica-roma/)

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