今週のクリスチャン・トゥデイ:沢神のこと

澤田和夫神父死去、104歳:東京大司教区の最高齢司祭

2024年4月15日14時08分(https://www.christiantoday.co.jp/articles/33514/20240415/fr-kazuo-sawada-dies-at-104.htm)

2011年司祭叙階60周年の時

 我らの世代では「沢神」として著名な神父だった。私は直接の面識はなかったが、今般ウィキペディアで履歴を読み直して、華麗な澤田一族を再確認。父の節蔵は東京帝国大学法学部出身の外交官(『回想録』有斐閣、1985がある:二人の兄弟も著名人)、母美代子の父も外交官。節蔵はクエーカー教徒だったらしいが(ウィキペディアでは「カトリック」となっているけど)、妻は敬虔なカトリック信者だった由。

節蔵:1884-1976年 91歳没

 なぜか長男秀夫、次男信夫の記載がないが(下記【追追記】参照)、和夫は三男で東京帝大法学部出身で海軍将校から、戦後ローマのウルバーノ神学大学に留学、東京教区司祭として聖職者の道を歩む。四男昭夫は保守派歴史研究者(その著作、私もお世話になった)、五男壽夫は国際派法学者。その後の世代の消息は知らない。

【追記】ググっていたら、なぜ司祭になったのかと問われて「一番上のお兄さんが司祭になれずに死んでしまったので」と答えている文言に出会った(http://c-v-team.com/B01_syoumeiwoikiru/B01_02a.html)。

 かつてのカトリック信者にはこのような風格ある(?)一族がいて、異彩を放っていた印象がある(以下参照、園田義明『隠された皇室人脈:憲法九条はクリスチャンがつくったのか!?』講談社α新書、2008年)。

 ちょっと変わった著名人としては、与謝野寛(鉄幹)・晶子もそうで、寛は臨終洗礼を、晶子は「次女七瀬、六女藤のカトリック信仰に導かれ、死去の二年前(昭和15年)に伊藤庄治郎神父から洗礼を受けた」と。家の宗教として菩提寺があり晶子にも戒名があっても、今の私は、まあそんなものだと思うだけのことだ。たとえば、次男秀は外交官で熱心なカトリック信者だったらしいし、最終的にイタリア大使になったが、その長男が我らの時代の政治家の馨だが(2017年死去)、洗礼は受けていない(http://y-sonoda.asablo.jp/blog/2008/09/05/3744819)。親が信仰を強制せずあくまで個人の信仰を貫いたわけだ(教会法的には逸脱で建前的には許されないが、お目こぼしがある、ないし杜撰なのがいかにもカトリック的。今話題の2世問題も希薄なはずだ:病理現象の存在を否定するつもりはないので、昔に比べと言い直しておこう)。

【追追記】我が図書館で、澤田壽夫編『澤田節蔵回想録:一外交官の生涯』有斐閣、1985年、を借り出して読んだ。長男は1928年に病死(長男秀夫は暁星中学在学中に盲腸がらみで死亡。両親はワシントン滞在中だった)、次男はなぜか影が薄いのが不審であるが一家をなしているような記述ではあった。

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