投稿者: k.toyota

今回の貨幣オークションでの出物:ネロ、コンスタンティヌス大帝、ディオクレティアヌス

 今日、CNGから第531回目のオークションの連絡が届いて(https://www.cngcoins.com)、まあもはや購入する気はないものの、覗いて見てびっくり。私にとって久々の興味深い出モノが目についた。

 まず目についたのは、ネロ帝のオスティア港打刻コイン。それが2つも出品されていたのだ。オークションで見るのは初めてだと思う。実は、私は2017年の共著の背・裏カバーにこの類似品をなにげに印刷したことがある(AD64, Roma造幣所打刻)。それが以下であるが、コレクターの個人蔵というだけあって、図案の精緻さ・打刻・保存状態がすばらしい逸品である。

 今回のLOT 1031は、Æ Sestertius(circa AD65, Lugdunum造幣所)で、表裏ともかなりダメージを受けており残りが悪い感じで、しかしそれでも業者希望価格は$750。初値は$450だが、まだ誰も手を挙げていない。まあ買う人はいないだろうな。

NE[RO CLAV]D CAESAR AVG GER P M TR P IMP P P / (ex.) PORT AVG

 LOT 1036は、Æ Sestertius(circa AD64, Roma造幣所)のほうは、上記個人蔵にははるかに及ばないが表裏とも保存状況は良好で、それもあってか、業者価格は$1000で、すでに9件の入札があり、現在$950になっている。最終までまだ20日間あるので、どこまでせり上がるか見ものであろう。

NER[O CL]AVDIVS CAESAR AVG GER P M TR P IMP P P / 上 AVG VSTI (ex.) S POR OST C

 このたびの2枚では表面の肖像的は左向きで描かれているが、編著のそれは右向きだし、今回でも銘文は造幣所で異なっている(より詳細に検討してみると、同じローマ造幣所でも同一というわけではない)。

 ネロの貨幣では、今回もうひとつLOT 1034(AD64, Roma造幣所)に私は興味を惹かれた。それが以下である。裏面の図像はいったい何の場面なのだろうか。中央のちょっと小さな人物がネロで、その左後にいるのが母小アグリッピナだと面白いと思ったのだが。裏面の銘文はCONG DAT POP (ex.) SCとなっている。congiarium=祝儀だから、皇帝からローマ市民への祝儀分配の場面(図像の詳細説明は、cf., RIC, vol.1, 1984, p.156, 8)。業者価格$500で、現在5件で$425まできている。

 さらにもっとも興味あったのは、以下のコンスタンティヌス大帝のSolidus金貨(LOT 1181:AD335, Nicomedia造幣所:21mm, 4.04g)である。もう10年早かったらボーナス突っ込んでも購入したかも。業者価格で$2000のところ、現在、入札4件目で$1500。

裏面銘文:VICTORIA CONSTANTINI AVG (ex.SMNP;楯の中にVOT XXX)

 実は、同じCNGのオークションTriton XXVIでディオクレティアヌスの金貨が数枚出ているので、そっちも見に行った。https://auctions.cngcoins.com/auctions/4-85Z7YJ/triton-xxvi?page=2&categories=4-6WINQ&limit=96
それは、LOT829-836で、なかでも高額な業者希望価格$50万のLOT830にはYouTubeも添えられていた。https://www.youtube.com/watch?v=uMXipueSIxs

ただ、こっちは1/10に開始し、締切はあと1日6時間後のようだが、現在4人の入札で$37万5千。

IMP C G VAL DIOCLETIANVS P F AVG / IOVI CONSER VATORI (ex.)AQ

 この金貨は、294年、新設のアクイレイア造幣所のおそらく最初の打刻の、通常のアウレウス金貨10枚分のデニオdenio貨で、38mm, 53.65g、即ちディオクレティアヌスの皇帝就任10周年decennalia記念の10アウレウス金貨、というごく限られた贈答用記念貨幣で、それがオークションに登場したのはここ100年で初めてのことなのだそうだ。YouTubeで確認できるが、本品の保存状況は完璧といっていい。同様のものはこれまで少なくとも4枚確認されていて、いずれも博物館所蔵となっている由。なお裏面の神像はディオクレティアヌスの守護神Iovius= Jupiter像。

【追記】2023/2/26:昨日なんとCNGから紙メールが届いた。これまでにないことだったので何ごとかと開封したのだが、大略いかのような画期的なオークションの報告だった。だから、売り物を出してください、というわけ。

  「先日行われたTriton 26では、ロット830のディオクレティアヌス帝の10枚のアウレウス金メダリオンに6人の入札者があり、100万ドルの大台を超えたのです!  このコインは最終的に190万ドルで落札され、ローマ帝国コインとしては最高記録となりました。バイヤーズプレミアムを含めると、230万ドル以上となり、CNGの長い歴史の中で、どのコインも最高値を記録してきました(40年以上にわたって、かなり信じられないようなコインを販売しています)。 レアでグレードの高いものはすべて、このような結果になっているようです。

 しかし、驚くべきことに、他の市場も同じように動いているのです。先日行われたDavid Hendinコレクションの聖書のコインと分銅の販売では、販売前の見積もりが99,000ドルでしたが、販売終了時には323,000ドルとなりました。これは予想の326%という驚異的な数字です。これらのコインの推定価値は100ドルから5,000ドルの範囲でした。このように、コイン市場の両端がこの高騰の影響を受けていることが分かります。」

 

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最近の発掘報告:2022/12/31

フェイクニュースの見分け方を磨こう

 我が国のマスコミに登場する評論家たちは、相変わらず米欧系のプロパガンダに全面的に依拠しているが、それを是正するうえでもロシア寄りの以下のような報道もあることを指摘しておく。両者を見比べながら今後の推移を見極めなければならない。たとえば今回のゼレンスキー大統領の訪米も、彼らにとってはウクライナ軍優勢で余裕があるからできたことという判断となるが、逆に切羽詰まった状況打開のためという見方もあるはずなのだが。そこまで行かなくても、共和党を軸にアメリカに援助疲れが顕著なことへの危機感があっての対応策には違いないが、そういう見立ては偉い評論家さんたちは触れていないようだし。

 以下の記事は今だと無料で読むことできる。

 2022/12/24:桝添要一「ゼレンスキー電撃訪米はウクライナ疲れの欧米を繋ぎ止められたか:ロシアのメドベージェフは習近平と会談、中国も「アメリカ覇権」は許さない」(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/73260)

 2022/12/23:高濱賛「米会議を虜にした千両役者ゼレンスキー大統領だったが・・・:米国内ではキッシンジャー博士の提唱する和平論くすぶる」(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/73243)

 2022/12/21:矢野義明「本格攻勢に出始めたロシア軍と崩壊寸前のウクライナ軍:損耗著しいウクライナ兵に代わりNATO軍兵士も戦闘参加」(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/73184)

 2022/12/19:The Economist(原記事掲載は12/17)「冬の戦争、迫り来るロシアの攻撃:向こう数カ月が正念場、ウクライナ軍司令官からの警鐘」(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/73174)

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ウクライナのバンクシー

2022/12/15毎日新聞有料記事掲載「バンクシー、貫く哲学 ウクライナで作品7点 弱者側に立ち続け」(https://mainichi.jp/articles/20221215/dde/012/040/009000c?cx_fm=maildigital&cx_ml=article&cx_mdate=20221218

 「難民に自由を」Free Refugees という落書き(日本)はダメで、なぜバンクシーのそれはアートとして容認されるのか、という問題提起も出てくる。むき出しの直截的な主張よりも、一呼吸おいて一ひねりしたゆとりのほうが、われら衆生にも芸術性を感じさせるのかもしれない。まあ才能ないとできない技ですが。

そこにすでにあるモノを利用しての風刺性、かな:右の落書き、わかりますよね。男根ミサイル
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古代ローマの伝説の植物「シルフィウム」再発見?

 ナショジオから本年の「驚くべき発見22」という記事が送られて来た(https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/photo/stories/22/120800098/?P=4)。念のため見ていて、その中にとんでもない情報があって、私は大興奮した。「絶滅と思われた「幻の植物」をおそらく再発見」。

 これは古代ローマ史にとってきわめて重要なので、元情報(2022/10/9:但し、日本語:https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/22/092900445/)のほうも是非読んでほしい。 

 古代ローマには、黄金と同じくらいの価値があり、宝物庫に貯蔵されるほどの植物があった。その植物「シルフィウム」silphium(ギリシャ語:Silphion)は、病をいやし、料理の味を引き立てるとされ、古代の地中海世界で大いにもてはやされたが、あまりの人気のため、そして動物に好んで食べられていたので2000年近く前に食べつくされ、絶滅したと考えられていた(文書記録的に最後の一本を食したのは、皇帝ネロだったことになっている)。この伝説の植物の容姿はリビアのキュレナイカ・コインにも打刻されているし、あの著名なアキピウス『料理書』にもしばしば登場していて、ガルムともどもそれ抜きに古代ローマの料理を語れない存在であった(とはいえ、ガルムはともかくとしても、富裕層に限定しての話だ、という指摘はしておかないといけないだろう)。

 トルコのイスタンブール大学教授で生薬学を専門とするMahmut Miski氏は、学位論文の続きでセリ科オオウイキョウ属(Ferula)の研究を継続中の1983年に、カッパドキアのとある農村に赴いた際、石壁に囲まれたささやかな土地で、それに出会い第一報として1985年に生薬学的観点からの簡単な報告をしていたが、その植物はすでに1909年に採取され新種記載されていて、フェルラ・ドルデアナFerula drudeanaと名付けられていた。今回、それが古代ローマで知られていた「シルフィウム」と同一物ではないかとして改めて問題提起したわけである。

 分布地域や外見は古代の文献記述と一致していたが、さらに確信を得るために、氏はこの現代の植物を、シルフィウムを用いる古代のレシピに使用してみることにした。その結果生み出されたすばらしい味わいは、ローマ人もきっと好んだだろうと納得できるものだった、との由。

 彼が選んだ調理人は、料理史研究家として著名なサリー・グレンジャーSally Grainger女史。彼女はこう述べている。「伝説のシルフィウムを発見し、それを使って古代のレシピを再現できるとは、まるで聖杯を見つけたような気持ちです」(以上:「絶滅とされた古代ローマ「幻の植物」をおそらく発見、食べてみた」

 私見としては、トルコにはキュレナイカから持ちこまれたとの仮説があるが、たとえ北アフリカ原産と同一品種でないとしても、トルコ・アナトリア土着の近縁種のセリ科と考えればいいのでは。Mahmut Miski氏も古来種との同定にはあくまで慎重で、考古学的な出土との比較研究が必要と考えているが、はたしてそれがいつ可能になるというのであろうか。

 それにしても19世紀半ばに北アメリカからヨーロッパに渡来したフィロキセラ(Phylloxera)によって、ヨーロッパ原産のブドウの木は全滅したとされているが、ヨーロッパ原産のブドウがイタリアの孤立した山間部では生き延びているとまことしやかに囁かれているようで、これと同類の話題には違いないが、本当であってほしいと思うのは私だけではないはずだ。

 やっと元論文を見つけたので、興味お持ちの方はご覧下さい。Mahmut Miski, Next Chapter in the Legend of Silphion: Preliminary Morphological, Chemical, Biological and Pharmacological Evaluations, Initial Conservation Studies, and Reassessment of the Regional Extinction Event, Plants, 2021,10,102(https://doi.org/10.3390/plants10010102)

 なお、種子を収めている子房の形がハート型であることでも世人の興味を惹いてきたらしい。

【補遺】「【シルフィウム】絶滅してしまった幻のハーブの謎」(https://www.myherb.jp/main/contents/rilax/silphium.html)

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ロシアの兵器の現状

 今頃になって、以下のようなウェブ記事が掲載された。「ロシアの最新兵器はどこへ消えたのか、統計数字の謎を暴く:野ざらしでさびて使用不能、他国への横流し、分解され売却・・・」(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/73107):2022/12/14

 内容は、副題に羅列されていることで尽きている。要するに数的な統計は信用できない、というわけである。こんなことは日常的に兵器というものに触れていて実態を把握しているはずの専門家にとって今さらの話ではないはずなのだが(実はそうでなかったと、今回化けの皮がはげてしまったわけだが)、私が記憶する限り10ヶ月前にそれを指摘するマスコミ登場専門家は皆無だった。状況がロシアに不利に展開している現状から、やっとなぜだということになり表に出てきた事実なのであろう。ことほど左様に、研究者や評論家の説の多くは後付けが得意で、先見の明を発揮することはほとんどない。

野ざらしの兵器は錆びちゃうのは常識として、保管されていても実戦使用するには日頃の保守管理が重要なのだそうだ

 これは一人ロシアの問題だけでなく、我が国においても、どれほどミサイルを購入したところで、年々劣化・陳腐化していくわけで、それをどう維持・管理していくつもりなのだろうか。維持経費もバカにならないはずだ。私など転売先どこにしようかと考えちゃうけど。

 関連で、私的に納得できるのが以下である。2022/12/8:市岡繁男「「誰しもが敗者になる」,ウクライナ戦争の行く末はシカゴ大学教授の預言通りか:どちらが勝っても待っているのは混沌、投資家はいまから備えを」(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/73019)。私は投資には興味がないが、そもそも今回のウクライナ戦争の原因を作ったのはNATOであり米国である、という点には同意せざるを得ないのだ(皆さん、バイデンの息子がらみでのウクライナ疑惑をもうお忘れのようで)。

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最新発掘情報一覧

 年末になったせいでもないのだろうが、あれこれ押し迫ってきてきちんと報告できそうもないので、とりあえず一覧を。これはポーランドの「IMPERIUM ROMANUM」というブログからの転載である。それ自体はごく短い報告だが、そこで得た情報でググってみると、一層詳しい情報源に遡及することができる。

 今回、私的に興味深いのはコロッセオの地下での出土関係関係と、NHKで放映されたこともあるチュニジアでの津波の話である。ところでコロッセオのトイレ問題はいまだ私にとって未解決課題である。だれか教えて、いや研究して頂戴。

News from world of ancient Rome
03/12/22

Remains of small dogs were discovered under Colosseum

In the sewers under the Colosseum, researchers found the remains of small dogs – up to 30 cm in height. According to specialists, the Romans could use such small dogs (similar in size to dachshunds) for example for acrobatic performances, hunting or fights with wild animals. More »

Five Roman tombs have been discovered in Egypt

In 2017, in the necropolis of Beir Al-Shaghala (Egypt), in the Western Desert, five tombs from the Roman period of Egypt, made of mud and bricks, were discovered. The find was made by an Egyptian archaeological mission. The discovered tombs have different shapes and structures. The first one has an entrance leading to a rectangular […] More »

Skeleton of woman with preserved hair and eyebrows

The skeleton of a woman was discovered in a marble sarcophagus, which dates back to the 3rd century CE. Interestingly, the hair and eyebrows of a woman who probably died at the age of 50-60 are still preserved. The discovery took place in 1962 in Roman Thessalonica, and the woman came from a high social […] More »

Remains of Roman city devoured by tsunami have been discovered

In 2017, the remains of a lost Roman city were discovered on the northeastern coast of Tunisia. The ruins are underwater. Scientists suspect that these may be traces of the Roman city of Neapolis, which was devoured by a tsunami in the 4th century CE. This centre was famous throughout the Mediterranean for the production […] More »

Rare Roman mosaic has been discovered in southern England

In southern England, in Berkshire, a Roman mosaic has been discovered that shows the Greek hero Bellerophon riding a pegasus. It is one of the most interesting finds in Britain in the last 50 years. The object is dated to around 380 CE. The find is a floor mosaic 6 meters long. The work in […] More »

Emperor Sponsian’s coin is not counterfeit

A mysterious Roman coin depicting Emperor Sponsian was found in Romania at the beginning of the 18th century. In the 19th century, researchers found that it was a fake, which was made either in ancient times or even later when such artefacts were extremely fashionable. In recent weeks, the coin, which is housed in the […] More »

Roman fresco showing island of Laestrygonian giants

Roman fresco showing the island of the Laestrygonian giants-cannibals when Odysseus arrives. Interestingly, the Greeks identified this mythical place with either Sicily or Formia in Latium. The object was discovered in a domus on what is now the Roman road Via Cavour; now in the Vatican Museums in Rome. Dated to the 1st century BCE. More »

Further excavations are underway in Roman bath at Carlisle

In the north of England, in the city of Carlisle, further excavations begin to reveal more secrets of the Roman bath. The ruins of the building were discovered in May this year. At the moment fragments of weapons, pottery and coins have been found. Further excavations are possible thanks to the financial support of a […] More »

Roman snacks discovered under Colosseum

Numerous traces of ancient snacks have been discovered under the Colosseum – figs, grapes, cherries, blackberries, walnuts and others. Bones of dogs, bears and large felines were also found. The discovery was made during excavation works in sewers, which were carried out in 2021 and aimed at cleaning outflows and channels under the Colosseum. Among […] More »

Beautiful ship for Verres

In Roman times, it was very expensive and a lot of effort to put up a naval fleet. If the governor of the province received an order from the senate or decided that it was necessary to build, equip ships and train new crews, the entire financial burden naturally went to the cities of the […] More »

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NHK Eテレ:「ポンペイの起源」放映に寄せて

 2022/11/19 午後7時から「地球ドラマチック」で、44分間「ポンペイの起源:もうひとつの埋もれた歴史」が放映された。

 ポンペイ前史を要領よくまとめた2022年フランス制作のもの。内容的にはちょっと引っかかる所もあるが(水の供給をAugustusの水道橋としている箇所とか)、ポンペイが多様な民族によって形成された前史を持っていた、という件はおおむねきちんと報告されていたと思う。

 私的には、番組の中でちょっとだけ触れていた、港の問題とか、昔は北側をサルノ川が流れていたとかいったあたりをもっと丁寧に検証してやってほしかったのだが(いずれもこの春の学会で私が試論的に発表した論点がらみ)、44分間ではしょうがないか。

 現在、以下で、11/26午後7:44まで「NHK+」での見逃し配信があって見ることできる。https://plus.nhk.jp/watch/st/e1_2022111920171

 残念なのは、なぜか画像をスクリーンショットできないこと。なんでや。iPhoneで撮るしかないか。

【追記】しょうがないから、見逃しがある間にと慌てて調べて(実はiPhoneのホルダーも購入してしまった)「CleverGet」というソフトを購入して録画に成功した。これは色んなところのストリーミング動画をダウンロードすることできる、という触れ込みなのだが、3本まではお試しできて、それで納得した私は「動画」と「NHK Plus」だけ選んだので、永久使用料が1件ごとに9870円かかるところ、50%引きで、消費税込みで10858円かかった。自分の心覚えだけにしか使わないのだから、それでも物入りなことだ。

【追記2】上記放映について、ほとんど日本唯一のポンペイ考古学者のS氏からは以下のようなコメントが届いた。

 「門が8つありそのうち7つが見つかっている」,「小さな町を取り囲む城壁があった」,「前6世紀から既にフォルムを貫く直線的幹線道路が敷設されていた」等々,突っ込みどころが満載でしたが,中でも問題だと思ったのは,ご指摘にもある「ポンペイ城壁北部を流れる川」に触れた箇所でした」。

 我々は画像を見て解説聞くのに忙しいのだが、やっぱり専門家はめざとく問題点に気付いている、その注意力はさすがである。

 たしかにこの作品の内容は、えっと思うほど学問的に古い知見が多かった(映像も使い回しの繰り返しが多かった)。2022年制作となっているのに何故か。それは登場した研究者が本当の専門家でないのでそうだった場合と、ディレクターが事前調査した内容的に古い情報(一般向けの経年書籍はおおむねそう)を骨格にしてシナリオを書き、それを解説部分で音声で流し、研究者が色々喋った内容から自己都合に合致する箇所だけ抜き出した場合もあるからだ。本当は専門の研究者たちへの取材を重ねて最新情報を盛り込むべきなのだが、経費問題とか起案書作成とかで手軽な方に走ってしまう事情があるのだろう。底の浅さが透けてみえるのだが、しかしそれがむしろ一般的な視聴者には受けはいいのも事実で(だから視聴率も上がるし、まあそれが商売人ディレクターの本領発揮というわけだろうが)、肩が凝らずに見ることできるからだろう。

 その点、2022/9/15掲載したNHK BS4K プレミアム「最強の帝国ローマ」の出来は出色だった(古色蒼然たるテーマ名はどうせなんたら女史かぶれの日本人ディレクターの命名なのだろうから無視)。また、国際共同制作と銘打った2019年フランス製作の「よみがえるポンペイ」(NHKオンデマンド)もよかった。もちろんこういう力作を高く評価する視聴者も多いはずだ。最後のものを私は上のソフトで録画に成功した。1時間半近くの長丁場だったが。

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アウグストゥスの家系をめぐって

 読書会での準備で調べ出したアウグストゥスの出自・家系問題だったが、アウグストゥスについての後世の評価が実像より高くなってしまったせいか、あまり触れられることのないテーマのようなので、ここに知りえたことをまとめて、過大評価を排して、彼の実像らしきものを探る手立てとしたい。

[アウグストゥスの家系問題]:誇るべき祖先を持っていなかった(以下の情報は、スエトニウス『皇帝伝』「アウグストゥス」1-3に依拠:これにはスエトニウス叙述の信憑性問題が絡むが、別件での調査から、こういった内容に関して私は信頼できると考えている)

 ・オクタウィウス氏Octavia gens はネミ湖の東南Velletriの地方名士で、王政時代元老院に抜擢され、平民から貴族に移籍されたが、時を経て自ら平民となった(いかにも嘘くさい)。この氏は2系列に分かれ、一方は元老院身分だったが、オクタウィアヌスが属する方は彼の父の代まで騎士身分であった。

 ・アウグストゥス自身は「由緒ある騎士身分の資産家に生まれ、自分の家系で元老院議員となったのは父が最初であった」としか記していない。

 ・のちの政敵のマルクス・アントニウスは「彼の曾祖父は解放奴隷で」「Thurii(半島南端)出身の綱作り職人で、祖父は両替屋であった」とけなし、彼を幼称のThuriusと呼んで憚らず、のみならず母方についても「曾祖父はアフリカの土着民で、Aricia(ネミ湖とアルバノ湖の中間)でときに香油屋を営み、ときにパン屋をしていた」とくさしている。

                      Aricia ↑      ↑ Velletri          ↑ Thurii

 ・別情報でも「父は両替商であった」とか「選挙のとき、候補者に雇われて選挙区民に賄賂を配る下働きの一人だった」と言われていた、などなど。

 要するに、父ガイウス・オクタウィウスがカエサルの姪アティアと結婚したので、表舞台に登場できる道筋が敷設されたわけのようだ。         

 というわけで、次により詳細にOctavia gens の系図を調べ出したのだが、ようやくそれがだいたい完成した段階で、以下のウィキペディアで明快に図示されていることが判明 (^_^; 。 やれやれ、とんだくたびれもうけだった。https://en.wikipedia.org/wiki/Template:Family_tree_of_the_Octavii_Rufi

 王政時代のうさんくさい伝説的な系図話はさておき、さかのぼり知られる最古の祖先グナエウス・オクタウィウス・ルフスは財務官=元老院身分有資格者で(前230年頃)、長男系は、法務官、執政官等を輩出して元老院身分としてそれなりの位置を占めていたが(カエサル時に平民から貴族に昇格)、次男ガイウス・オクタウィウス系はずっと騎士身分に属し、アウグストゥスの父がようやく法務官格でマケドニア属州総督、即ち元老院身分に登り詰めることができた「新人」家系だった。後日談としてその息子ガイウス・オクタウィウス(前64年生まれ:彼は生涯自分から「オクタウィアヌス」と称したことはなかった、らしい)が、さしたる政務官経歴もないのに、元老院から元老院議員とされたのは前43年、19歳の時のことだった。

 彼を養子に抜擢したガイウス・ユリウス・カエサルの家系については、以下のウィキペディアをご参照のこと。https://en.wikipedia.org/wiki/Julii_Caesares(より詳しくは、https://en.wikipedia.org/wiki/Julio-Claudian_family_tree)

  

【成人してからも、実際に毀誉褒貶相半ばする評価】これも、スエトニウス『ローマ皇帝伝』「アウグストゥス」に依拠

  16:シケリア海戦で、戦いが始まろうとしていたとき、突然アウグストゥスは猛烈な睡魔に襲われ、その結果、幕僚に呼び起こされて初めて戦闘開始の号令を下したほどである。これがアントニウスに意地悪い非難の材料を与えたものと、私には思われる。「奴は戦列を整えた敵の艦隊をまともに正視できず、仰向けにのけぞり、空を睨んだまま、この阿呆は眠りこけてしまい、とうとうマルクス・アグリッパが敵の艦隊を潰走させてしまうまで、目を覚まさなかったし、兵たちから見える所までやってこなかった。

  68:アウグストゥスは若い頃から早々と、いろいろの不行跡をめぐる世間の悪評に耐えた。ポンペイウスは彼の柔弱を嘲り、アントニウスは「大叔父カエサルとの汚らわしい関係で養子縁組をせしめた」とののしり、同じくアントニウスの弟ルキウスも「カエサルに童貞を奪われ、ヒスパニアでも、ヒルティウスにすら30万セステルティウス[約1億円]で操を売った。そしていっそう柔らかい毛を生やしたいため、いつもすねをまっ赤に焼いた胡桃で焦がしていた」と。

  89:アウグストゥスがせっせと間男をしたことは、友人といえども否定していない。・・・アントニウスは・・・(あれこれ中傷したあげく)・・・まだはっきり敵でなかった頃に、次のようなあけすけな手紙を書いた。「何がそなたの考えを変えたのか。私が女王クレオパトラとねてるためか。彼女は私の妻だ。今に始まったことではない。9年も前からではないか。そしたらそなたはリウィアとだけねているのか。この手紙を読むころ、テルトゥラとねていなければ結構なことだ。それともテレンティラとか、サルウィア・ティティセニアか、いやそいつらみんなと一緒にねているかな。しかるに、そなたならば、どこでどの女に対して勃起させようと問題にはならんのかね」

  71:奔放な情欲に関する非難は彼にしがみついて離れなかった。伝えるところによると、後年になっても処女を辱める方をいっそう好み、そのような女があらゆる所から妻リウィアによってすら探され提供されたという。

    賭事はいろいろ取り沙汰されても、アウグストゥスは決して尻ごみしなかった。・・・「私は私の名儀で2万セステルティウス[640万円]失った」。・・・「そなたに250デナリウス[32万5千円]送ります。これは饗宴の席で・・・賭をしようと思ったら、一人一人に私が与えていたかもしれない金額です」

 病弱で肝心の時腑抜けであった彼がまだ10代に、なぜ大叔父カエサルが遺言書で養子に指名していたのか(本人はそれを知らなかったらしい)は論議の的である(スエトニウス、8参照:直系男系として、ローマで散々叩かれた「愛人」クレオパトラ7世との間に前47年生まれのCaesarionがいたが、それは論外にしても)。

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